名乗るほどの者ではない   伊藤芳博

ゲームセンターで恐喝があった それを止めて 丸く収めた高校生がいたということだ

彼が店主に名前を聞かれると「名乗るほどの者ではない」とだけ言って そそくさと立ち去ったそうだ

しかし 感激した店主によって すぐに彼の身元は判定し 本校2年生の生徒 小山君だと分かった

言うまでもないことだが (いう必要があって言えば) 本県では高校生のゲームセンター出入りは禁止されている

「名乗るほどの者ではない」だなんて 実は名乗れなかったんだ

本校の生徒指導担当である僕は この話が大いに好きだ

店主のお礼の言葉を背に受けながら  ドアの向こうに消えてゆく少年の名前を僕も知らない

 

一編の詩がぼくにくれたやさしい時間  水内喜久雄 編集