白い表紙    続 吉野弘 詩集より 

白い表紙

ジーンズの、ゆるいスカート  おなかのふくらみを包んで

おかっぱ頭の若い女のひとが読んでいる  白い表紙の大きな本

電車の中で  私の前の座席に腰を下ろして。

 

白い表紙は  本のカバーの裏返し。

やがて 彼女はまどろみ 

手から離れた本は、  開かれたまま、 膝の上。

さかさに見える絵は  出産育児の手引き。

 

母親になる準備を 彼女に急がされているのは

おなかのなかの小さな命令・愛らしい威嚇

彼女は、その声に従う。

声の望みを理解するための知識をむさぼる。

おそらく それまでのどんな試験のときよりも  真摯な集中

 

疲れているらしく  彼女はまどろみ

膝の上に開かれた本は、 時折、風にめくられている。