通勤電車でよむ詩集 NO2

h22310.jpg題: しずかな夫婦

結婚よりも私は「夫婦」が好きだった。

とくにしずかな夫婦が好きだった。

結婚をひとまたぎして直ぐ

しずかな夫婦になれぬものかと思っていた。

おせっかいで心のあたたかな人がいて

私に結婚しろといった。

キモノの裾をパッパッと勇敢に蹴って歩く娘を連れて

ある日突然やってきた。

昼めし代りにした東京ポテトの残りを新聞紙の上に置き

昨日入れたままの番茶にあわてて湯を注いだ。

下宿の鼻垂れ息子が窓から顔を出し

お見合いだ お見合いだ とはやして逃げた。

それから遠い電車道まで

初めての娘と私は ふわふわと歩いた。

    ニシンそばでもたべませんか と私は云った。

    ニシンはきらいです と娘は答えた。

そして私たちは結婚した。

おお そしていちばん感動したのは

いつもあの暗い部屋に私の帰ってくるころ

ポッと電灯の点いていることだった

戦争がはじまっていた。

祇園まつりの囃子がかすかに流れてくる晩

子供がうまれた。

次の子供がよだれを垂らしながらはい出したころ

徴用にとられた。便所で泣いた。

子供たちが手をかえ品をかえ病気をした。

ひもじさで口喧嘩も出来ず

女房はいびきをたててねた。

戦争は終わった。

転々と職業をかえた

ひもじさはつづいた。貯金はつかい果たした。

いつでも私たちはしずかな夫婦ではなかった。

貧乏と病気は律義な奴で

年中私たちにへばりついてきた。

にもかかわらず

貧乏と病気が仲良く手助けして

私たちをにぎやかなそして相性でない夫婦にした。

子供たちは大きくなり(何をたべて育ったやら)

思い思いに デモクラチックに

遠くへ行ってしまった。

どこからか赤いチャンチャンコを呉れる年になって

夫婦はやっともとの二人になった。

三十年前夢見たしずかな夫婦ができ上がった。

    久しぶりに街へ出て と私は云った。

    ニシンソバでも喰ってこようか。

    ニシンは嫌いです。と

私の古い女房は答えた。