2010/3/19 (金)

くどう なおこ 詩集

Filed under: ホッとする詩 — hayakawa @ 10:40:32

h22319.jpg題: 恋するくじら

くじらは独り言をいうようになった。 好きなひとができたからだと思う。

好きなひとができると、どうして独り言をいったり鏡をみたりしてしまうのだろう。

夢も、色つきの長いのを見るようになる。

 

「きっと、れんあい小説の読みすぎじゃないかと思うよ。・・いわゆるかぶれているのさ」

イルカに好きなひとのことを打ちあけたあと、くじらはそういって下をむいた。

「そうじゃないさ、くじら。 あんたは『イワユルカブレ』なんかじゃない。 あんたはほんものさ」

「そうか、ほんものか」

「そうともさ、ほんものさ」

くじらは「ワオ!」と云って、むこうのほうまで泳いでいき、でんぐり返りして戻ってきた。

「そのひとのそばにいくと、ヒレのぐ工合やなんか、面倒みてやりたくなるのさ」

「そうさ。そうにちがいない」

「そのひとと散歩すると、いつも危なくないかどうか、遠くを見はってあげるのさ」

「きっと、そうだろうともさ」

「ほんものかね」

「ほんものさ」

また、くじらは「ワオ!」と云って、むこうのほうまで泳いでいき、でんぐり返して戻ってきた。

「ぼく、そのひとをお嫁さんにしようかしらと思う」

「それはいいね、くじら」

「そうしたら、ぼくはそのひとに、いつでも好きなときに、きれいだね、といってあげる」

「ぼくも、そのひとに、あなたはぼくの親友のお嫁さんですね、といってあげられる」 

「そのひとは、いつでも好きなときに、ぼくのそばで笑ったり昼寝したりするのさ」

「笑ったり昼寝したりするのは、とてもいいことだよ」

「じゃ、イルカ。ぼく、これからそのひとのところへ行って、お嫁さんになって、と云ってくる」

「じゃ、くじら。ぼく、こらから、くじらがお嫁さんをもらいます、という案内状を書いてくる」

 

くじらとイルカは握手をして、大急ぎでむこうとこっちへ泳いでいった。

 

 

題: わたし

きょうは みょうに気持ちが しずかだ

きのうは あんなに はしゃいでいたのに

きのうの わたしと

きょうの わたしと

ちがうひとみたい

 

そういえば いつかはプンプン怒ってたし

わんわん泣いた日も あったけ・・

 

わたしの中に 何人の「わたし」がいるんだろう

あしたは どんな「わたし」に 会うんだろう

 

2010/3/18 (木)

詩の中の風景  石垣りん 著  NO2

Filed under: ホッとする詩 — hayakawa @ 17:55:16

題:  クレパスに消えた女性隊員  秋谷 豊

 

京都山岳会登山隊の白水ミツ子隊員が、第一キャンプからベースキャンプへ下山中、ボゴド氷河のヒドン・クレバスに転落、死亡したのは、1981年6月10日のことであった。

もちろん、この日、死亡がはっきりと確認されたわけではなく、救出が困難なままに、氷河の中に見捨てざるを得なかったのである。白水隊員は救出の断念を自ら望んだが、暗黒の氷の割れ目の中で、一条の生の光に望みを託しながら最後まで死とたたかっていたとすれば、その死亡 日付はあるいは半日か一日、変更されることとなるわけである。

記録・・・6月10日午前11時20分、ボゴダ峰第一キャンプから30分ほど下ったアイスフォール帯直下の広い雪原状の氷河上で白水隊員はクレバスに転落した。

直ちに第一キャンプに緊急連絡され、第二キャンプからかけつけた救助隊員が現場に到着したのは13時10分。彼女の生存は確認された。宮川隊員がクレバスへの下降を試みる。

入口は80センチくらいの人間がやっとひとりくぐれるくらいの氷の割れ目だが、中に入るにしたがってさらに狭くなり、上から4メートルのところで少し屈曲して幅は50センチくらい。そこで下の方にひっかかっているザックが見えた。

しかしそこからはさらに狭くなり、靴を真っすぐにしては入れず、アイゼンの爪が効かない。ザイルにぶらさがったままの状態で、少しずつ降ろしてもらい、ようやくザックに達する。「大丈夫かあ」期待をこめてザックに手をかけるが、その下に白水さんはいない。声をかけると、応答はあった。が、まだはるか下の方である。

そこからは氷の壁はまた少し屈曲し、真っ暗で、さらに狭くてそれ以上は下降できない。やむなくザイルの端にカラビナとヘッドランプをつけて降ろす。10メートル(上からは20メートル)降ろしたところで彼女に達したようだが、彼女自身どうにもザイルをつかまえることが出来ないのか。ザイルはかすかな手ごたえを感じるが、そのまま空しく上がってくる。

そういう作業を何度も「しっかりしろ」と大声で彼女に呼びかけながらやっている時に、

「宮川さぁ-ん、私ここで死ぬからぁ-」

「宮川さぁ-ん、 奥さんも子供もいるから-、あぶないからぁ-、もういいよぉ-」

という声。かなり弱った声だったが、叫ぶような声だった。彼女自身でもう駄目と判断してのことだろう。

 

まったくやり切れない気持ちだった。声が聞こえてくるのに助けられない。くやしさが全身を貫く。

16時、彼女の声はまったく聞こえなくなった。

カメラ助手の新谷隊員、そして当日頂上アタックした山田、大野両隊員もクレバスに降りた。しかし誰も宮川隊員が降りた位置より下には行けず、21時 ついに救助作業を打ち切った。

                                                                              (京都山岳会隊・宮川清明隊員の手記)

白水さんは29歳、独身だった。

 

詩の中の風景  石垣りん 著

Filed under: ホッとする詩 — hayakawa @ 10:19:46

h22318-3.jpg題: 夕焼け  吉野 弘

いつのことだが 電車は満員だった。

そして いつものことだが

若者と娘が腰をおろし としよりが立っていた。

うつむいていた娘が立って としよりに席をゆずった。

そそくさととしよりが座った。

礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。 

娘は座った。

別のとしよりが娘の前に 横あいから押されてきた。

娘はうつむいた。 しかし 又立って 席を そのとしよりにゆずった。

としよりは次の駅で礼を言って降りた。 

娘は座った。

二度あることは と言う通り 別のとしよりが娘の前に 押し出された。

娘はうつむいて そして今度は席を立たなかった。

次の駅も 次の駅も

下唇をギュッと噛んで 身体をこわばらせてー。

僕は電車を降りた。

固くなってうつむいて 娘はどこまで行ったろう。

やさしい心の持ち主は いつでもどこでも われにもあらず受難者となる。

何故って やさしい心の持ち主は

他人のつらさを自分のつらさのように

感じるから。

やさしい心に責められながら

娘はどこまでゆけるだろう。

下唇を噛んで

つらい気持で

美しい夕焼けも見ないで。

 

2010/3/16 (火)

日本一 心のこもった 恋文   秋田県二ツ井町編

Filed under: ホッとする詩 — hayakawa @ 10:51:44

h22316-2.jpg題:  天国のあなたへ   柳原タケ 秋田県・80歳

娘を背に日の丸の小旗をふって、あなたを見送ってから、もう半世紀がすぎてしまいました。

たくましいあなたの腕に抱かれたのは、ほんのつかの間でした。

三二歳で英霊となって天国に炒ってしまったあなたは、今どうしていますか。

私も宇宙船に乗ってあなたのおそばに行きたい。あなたは三二歳の青年、私は傘寿を迎える年です。おそばに行った時、おまえはどこの人だなんて言わないでね。

よく来たと言って、あの頃のように寄り添って座らせて下さいね。お逢いしたら娘夫婦のこと、孫のこと、また、すぎし日のあれこれを話し、思いっきり、甘えてみたい。

あなたは優しく、そうかそうかとうなづきながら、慰め、よくがんばったねと、ほめて下さいね。

そして、そちらの「きみまち坂」につれて行ってもらいたい。

春のあでやかな桜花、夏、なまめかしい新緑、秋、ようえんなもみじ、冬、清らかな雪模様など、四季のうつろいの中を二人手をつないで歩いてみたい。

私はお別れしてからずっと、あなたを思いつづけ、愛情を支えにして生きて参りました。もう一度あなたの腕に抱かれ、ねむりたいものです。

力いっぱい抱きしめて絶対はなさないで下さいね。

2010/3/11 (木)

日本一短い 「母」 への手紙 一筆啓上 福井県丸岡町

Filed under: ホッとする詩 — hayakawa @ 10:04:03

h22311.jpg 

・ お母さん、雪の降る夜に私を生んで下さってありがとう。 もうすぐ雪ですね。

・ あと10分で着きます。手紙よりさきにつくと思います。あとで読んで笑ってください。

・ 「私、母親似でブス。」娘が笑って言うの。私、同じ事泣いて言ったのに。 ごめんねお母さん。

・ 桔梗が、ポンと音をたてて咲きました。日傘をさした母さんを、思い出します。

・ 母親の 野太い指の味がする ささがきごぼう 噛まずに飲み込む

・ 絹さやの筋をとっていたら 無性に母に会いくなった。 母さんどうしていますか。

・ 母さんのおならをした後の 「どうもあらへん」 という言葉が 私の今の支えです。

・ お母さん、ぼくの机のひき出しの中にできた湖を のぞかないで下さい。

・ お母さん、私は大きくなったら家にいる。 「お帰り」 と言って子供と遊んでやるんだよ。

・ お母さん、もういいよ。病院から、お父さん連れて帰ろう。 二人とも死んだら、いや。

 

・ あの人と幸せでしょうか、お母さん。父さんは、無口を通して逝きました。

・ 今でも弟の方が気になるかい。もうどちらでもいいけど。 今はもういいけど。

・ 離婚、賛成します。お母さん、今まで本当にありがとう。 もう、耐えないで!

・ 弘君のまねして お母さん と呼んでみた やっぱりダメだ かあちゃんが遠くなる

・ 荷物届きました。 でも「パンツ」とは「ズボン」の事ですよ。ガマンします。

・ 母さんいきていて! 私は古稀 命ある限り探します。現世で一目逢いたい。

・ かあちゃん。 泣きたい夜は、決まって母ちゃんが夢に出てくる。 背中を、押してくれる。

・ 若い日あなたに死ねと言った、あの日のわたしを殺したい。

・ 修学旅行を見送る私に「ごめんな」とうつむいた母さん、あの時、僕平気だったんだよ。

 

2010/3/10 (水)

通勤電車でよむ詩集 NO2

Filed under: ホッとする詩 — hayakawa @ 12:19:03

h22310.jpg題: しずかな夫婦

結婚よりも私は「夫婦」が好きだった。

とくにしずかな夫婦が好きだった。

結婚をひとまたぎして直ぐ

しずかな夫婦になれぬものかと思っていた。

おせっかいで心のあたたかな人がいて

私に結婚しろといった。

キモノの裾をパッパッと勇敢に蹴って歩く娘を連れて

ある日突然やってきた。

昼めし代りにした東京ポテトの残りを新聞紙の上に置き

昨日入れたままの番茶にあわてて湯を注いだ。

下宿の鼻垂れ息子が窓から顔を出し

お見合いだ お見合いだ とはやして逃げた。

それから遠い電車道まで

初めての娘と私は ふわふわと歩いた。

    ニシンそばでもたべませんか と私は云った。

    ニシンはきらいです と娘は答えた。

そして私たちは結婚した。

おお そしていちばん感動したのは

いつもあの暗い部屋に私の帰ってくるころ

ポッと電灯の点いていることだった

戦争がはじまっていた。

祇園まつりの囃子がかすかに流れてくる晩

子供がうまれた。

次の子供がよだれを垂らしながらはい出したころ

徴用にとられた。便所で泣いた。

子供たちが手をかえ品をかえ病気をした。

ひもじさで口喧嘩も出来ず

女房はいびきをたててねた。

戦争は終わった。

転々と職業をかえた

ひもじさはつづいた。貯金はつかい果たした。

いつでも私たちはしずかな夫婦ではなかった。

貧乏と病気は律義な奴で

年中私たちにへばりついてきた。

にもかかわらず

貧乏と病気が仲良く手助けして

私たちをにぎやかなそして相性でない夫婦にした。

子供たちは大きくなり(何をたべて育ったやら)

思い思いに デモクラチックに

遠くへ行ってしまった。

どこからか赤いチャンチャンコを呉れる年になって

夫婦はやっともとの二人になった。

三十年前夢見たしずかな夫婦ができ上がった。

    久しぶりに街へ出て と私は云った。

    ニシンソバでも喰ってこようか。

    ニシンは嫌いです。と

私の古い女房は答えた。 

 

通勤電車でよむ詩集 小池昌代「編著」

Filed under: ホッとする詩 — hayakawa @ 11:58:36

h22310.jpg題: 胸の泉に

かかわらなければ   この愛しさを知るすべはなかった

               この親しさは湧かなかった

               この大らかな依存の安らいは得られなかった

               この甘い思いや

               さびしい思いも知らなかった

人はかかわることからさまざまな思いを知る

               子は親とかかわり

               親は子とかかわることによって

               恋も友情も

               かかわることから始まって

かかわったが故に起こる  

幸や不幸を

積み重ねて大きくなり

くり返すことで磨かれ

そして人は

人の間で思いを削り思いをふくらませ

生を綴る

ああ

何億の人がいようとも

かかわらなければ路傍の人

私の胸の泉に

枯れ葉いちまいも

落としてくれない 

 

 

 

 

 

2010/3/9 (火)

万能川柳 みんなのつぶやき 仲畑貴志・編

Filed under: ホッとする詩 — hayakawa @ 16:29:35

h2239-1.jpg

・ じいちゃんが独りファミリーレストラン

・ 残業と思えば聞ける妻の愚痴

・ 兄弟が多くて割算うまくなり

・ 血縁が無いのは家で亭主だけ

・ 母乳出て小さい胸に自信持つ

・ 幸せと感じる時は酔っている

・ も少し聞いてほしくて酒を注ぐ

・ ペットだと思えば楽な俺の世話

・ 俺よりも風格のあるホームレス

 

 

2010/3/5 (金)

まど みちお さんの詩 『トンチンカン夫婦』

Filed under: ホッとする詩 — hayakawa @ 15:30:43

トンチンカン夫婦

満91歳のボケじじいの私と

満84歳のボケばばあの女房とはこの頃

毎日競争でトンチンカンをやりあっている

私が片足に2枚かさねはいたまま

もう片足の靴下が見つからないと騒ぐと

彼女は米も入れない炊飯器に

スイッチを入れてごはんですよと私を呼ぶ

おかげでさくばくたる老夫婦の暮らしに

笑いはたえずこれぞ天の恵みと

図にのって二人ははしゃぎ

明日はまたどんな珍しいトンチンカンを

お恵みいただけるかと胸をふくらませている

厚かましくも天まで仰ぎみて・・・

いわずに おれない

Filed under: ホッとする詩 — hayakawa @ 14:55:59

いわずに おれない著者 まど・みちお という名前に聞き覚えがない方でも その詩は日本人なら誰でも口ずさんだことがあるはずです

・ぞうさん ぞうさん おはながながいのね

・しろやぎさんから おてがみついた

・ふたあつ ふたあつ なんでしょか

・ポケットの はかには ビスケットが ひとつ

子供のころから親しんできた、あの歌もこの歌も彼が作詞したものです。 1994年には、児童文学のノーベル賞ともいえる国際アンデルセン賞作家賞を日本人として初めて受賞しております。

まど・みちお さんの詩をご紹介します

ぞうさん ぞうさん おはなが ながいのね そうよ かあさんも ながいのよ

まどさんの解説

ぞうさん ぞうさん おはなが ながいのね・・といわれた小ゾウはからかいや悪口と受け取るのが当然ではないかと思うのです。中略 ところが子ゾウはほめられたつもりで、うれしくてたまらないといったふうに・・そうよ かあさんも ながいのよ・・ と答える。 それは、自分が長い鼻をもったゾウであることを、かねがね誇りにおもっていたからなのです。 小さい子にとって、お母さんは世界中、いや地球上で一番。 大好きなお母さんに似ている自分も素晴らしいんだと、ごく自然に感じている。つまりこの詩は『ゾウに生まれてうれしゾウさんの歌』と思われたかったのです。

 

 

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