2011/11/2 (水)

百歳    柴田トヨ 著

Filed under: ホッとする詩 — hayakawa @ 16:04:50

やさしさ   柴田トヨ 

 

歳をとると

やさしさが

ほしくなるの

それが栄養になって

元気になる

 

でもね

 

偽りのやさしさを

食べた時は

吐いてしまった

 

真実のやさしさ

手料理を

いただかせてください

 

 

流行  柴田トヨ

 

世界の何処かで

今も 戦争が起こっている

 

日本の何処かで

いじめも起こっている

 

やさしさの

インフルエンザが

流行しないかしら

 

思いやりの症状が

まんえんすればいい

 

 

競馬  柴田トヨ 著

 

先に走っている馬より

みんなの後に居て

ここぞという時に

風を切って 必死に

追い込んでくる

馬が好き

 

 がんばれ

 がんばるのよ

私はテレビに叫ぶ

 

始めはビリでも

やれば一番になれる

貴方だって

きっと出来るわ

 

 

耳が遠くなって  柴田トヨ

 

耳をすますと

冷蔵庫の唸る音

風が戸を叩く音

聞こえるけど

この頃 人の声が

よく伝わらなく

なってきた

 

しっかり聞くように

努力している 私

 

でも嫌な話は

わざと聞こえない

ふりをしている

 

お澄ましの顔で

 

 

2011/7/28 (木)

13回の登山失敗『多くを学んだ』

Filed under: ホッとする詩 — hayakawa @ 14:41:55

 

世界で14座ある8千メートル峰を史上初めて完登した登山家。ラインホルト・メスナーさん(66才)=イタリア=が、このほど来日した。

14座最初の山 ナンガ・パルバット(8.126㍍)で経験した奇跡の経験を描いた山岳映画『ヒマラヤ・運命の山』が、8月の上旬日本で公開される。

原作者としてパキスタンの現地ロケにも同行しそうで、映画の魅力やヒマラヤへの思いを語った。

 

メスナーさんはアルプスの高峰に囲まれた南チロル出身。子どもの頃から弟のギュンターさんと岩登りに熱中した。 

1970年、『陥落不落』されたナンガ・パルバットの未踏の岩壁ルートに挑んだ遠征隊に兄弟で参加した。 2人は初登攀に成功したが 、弟は高山病で動けなくなり、山頂付近でビバーク。救援隊もこない中、危険なルートで下山したが、弟を雪崩で亡くし、本人も足に思い重傷を負い。地元の村人に助けられて生還した。

 

この遠征後、弟の無念を晴らすべくプロの登山家としてヒマラヤで華々しい活躍を続けた。

78年のエベレスト(8848㍍)登山は、人類初の無酸素登頂に成功し、登山界の常識を覆した。当時 医師から『自殺行為』と批判されたが、『酸素ボンベに頼らず最高峰の頂を極めたかった』。

 

登山の本質である『未知への挑戦。より困難さへの挑戦』を追求してきた。14座完登もすべて無酸素登頂だ。 登山だけでなく、南極の徒歩横断やヒマラヤでの雪男捜査など大自然への好奇心は旺盛だ。

登山界のスパースターと評される。『8千メートル峰の31回挑み、13回は登頂出来なかった。だが13回の失敗から多くを学んだ』と振り返った 

2011年 7月26日 朝日新聞 (近藤幸雄)

2011/7/11 (月)

100.000年後の安全

Filed under: ホッとする詩 — hayakawa @ 16:47:59

私たちは10万年後の遠い未来の子孫に確実なメッセージを伝達出来るのか?。

SF小説の題材ではない。高レベルの放射性廃棄物を世界で始めて最終処分するための施設・オンカロを建設中のフインランドで、真剣に論議されている課題だ。

 

原子力発電所からでる放射性廃棄物が人体に影響を及ぼさなくなるには長い年月が必要になる。

フインランドではそれを地下深く埋蔵する決定が下された。

18億年前の地層にある岩盤を掘り進めた地下500メートルに、巨大施設を建造し放射性物質を運び込む。

廃棄物が満杯になる22世紀に、施設は完全に密封され、決して立ち入ることのないよ封鎖される。

その後10万年間、人による管理も不要にして隔絶する。

オカロンとはフインランド語で『隠れ場所』を意味する

 

果たして10万年の間、この場所が人間にとって危険であることを伝え続けられるのか。

誰も明確に答えられない課題を持つオカロン。

この施設を描いたフインランドのドキュメンタリー映画合『100,000年後の安全』が各地で公開され話題を呼んでいる。

ちなみに今から約10万年前は、現代人の祖先といわれるホモ・サピエンスがアフリカ大陸に誕生した頃と考えられている。

                              環境市況新聞 2011 夏期号  環境見聞から抜粋

 

 

 

 

 

 

2011/6/13 (月)

6月の詩  ありがとうの深度    谷川 俊太郎

Filed under: ホッとする詩 — hayakawa @ 12:11:43

ありがとうの深度

心ここにあらずで

ただ口だけ動かすありがとう

だだ筆だけ滑るありがとう

心得顔のありがとう

 

心の底からこんこんと

泉のように湧き出して

言葉にするのももどかしく

静かに溢れるありがとう

 

気持ちの深度はさまざまだが

ありがとうの一言に

ひとりひとりの心すら超えて

世界の微笑みがひそんでいる

2011/4/25 (月)

朝日新聞 4.16 天声人語から

Filed under: ホッとする詩 — hayakawa @ 15:04:52

詩人の島田陽子を知らなくても、大阪万博のテーマー曲『世界の国からこんにちは』は大勢が覚えていよう。1970年 三波春夫さんの声で流布した歌は、時代の応援歌そのものだった。

歌詞は公募で、島田さんの作が1万3千余通から選ばれた。1カ月ほど寝ても覚めても考え続け、ふと浮かんだ『こんにちは』で詩を組み立てた。 徹夜で仕上げ、当日消印有効のぎりぎりに投函したそうだ 。滑り込みセーフで国民的歌曲は誕生した。

島田さんの詩は大阪言葉が冴えわたる・・

女の子が、男の子のことを・・

あの子 かなわんねん

うちのくつ かくしやるし

ノートは のぞきやるし

わるさばっかり しやんねん

そやけど ほかの子オには せへんねん

うち しってるねん 

そやねん うちのこと かまいたいねん

うち 知ってんねん

・・男子、形無しある。 東京生まれながら大阪弁に惚れ抜いた。 

そんな 島田さんが81歳で亡くなった。

6年前にガンを手術した。

病への恐怖を表したのだろう、昨秋 頂戴した新詩集に次の作があった。

   滝は滝になりたくてなったのではない

  落ちなければならないことなど

  崖っぷちに来るまで知らなかったのだ

  しかし まっさかさまに 落ちて落ちて落ちて たたきつけられた奈落に

  思いがけない平安が待っていた  新しい旅も用意されていた

  岩を縫って川は再び走りはじめる

・・・昭和の応援歌を書いた人が残した、震災後日本への励ましに思えてならない。 

 

 

 

 

 

2011/2/14 (月)

世界を、こんなふうに見てごらん  動物行動学者 日高敏隆 著 

Filed under: ホッとする詩 — hayakawa @ 18:26:16

h23214-2.jpgいきものとおしゃべりするには、観察するのがいちばんだ。

子どもの頃、ぼくは、虫と話がしたかった。

おまえはどこに行くの。何を探しているの。

虫は答えないけれど、いっしょうけんめい歩いて行って、

その先の葉っぱを食べはじめた。

そう、おまえ、これが食べたかったの。

言葉の代わりに、見て気がついていくことで、

その虫の気持ちがわかる気がした。

すると可愛くなる。うれしくなる。

それが、ぼくの、いきものを見つめる原点だ。

どうやって生きているかを知りたいのだ。

おまえ、こんなことしているの。

そうなの、こういうふうに生きているの。

その物語がわかれば、すごく親しくなれる。

 

みな、ようよう今の環境に適応して生きている。

生きていることへの深い共感は、そうやって生まれてくる。

 

世界を、こんなふうに見てごらん。

この本を、これからの少年少女と大人に贈る。

人間や動物を見るときのぼくなりのヒントをまとめたものだ。

生きているとはどういうことか、

豊かな見方をするといいと思う。

くじけないで  柴田トヨ 著

Filed under: ホッとする詩 — hayakawa @ 9:41:14

くじけないで 

忘れる  柴田トヨ

 

歳をとるたびに

いろいろなものを

忘れてゆくような

気がする

 

人の名前

幾つもの文字

思い出の数々

 

それを 寂しいと

思わなくなったのは

どうしてだろう

 

忘れてゆくこのと幸福

忘れてゆくことへの

あきらめ

 

ひぐらしの声が

聞こえる

 

さびしくなったら  柴田トヨ

 

さびしくなった時

戸の隙間から

入る陽射しを

手にすくって

何度も顔に

あててみるの

 

そのぬくもりは

母のぬくもり

 

おっかさん

がんばるからね

呟きながら

私は立ちあがる

2011/1/26 (水)

くじけないで  柴田トヨ 著

Filed under: ホッとする詩 — hayakawa @ 10:35:14

h23124.jpg風と陽射しと私

 

風が 

硝子戸を叩くので

中に入れてあげた

そしたら

陽射しまで入って来て

三人で おしゃべり

 

おばあちゃん

独りで寂しくないかい?

風と陽射しが聞くから

人間 所詮は独りよ

私は答えた

 

がんばらずに

気楽にいくのがいいね

 

みんなで笑いあった

昼下がり

くじけないで  柴田トヨ 著

Filed under: ホッとする詩 — hayakawa @ 9:43:42

h23124.jpg あなたに  Ⅱ

 

追いかけて 

愛した人を

苦しめるより

忘れる勇気を

持つことが

大切よ

 

後になると

それがよくわかるの

 

あなたのこと

心配してくれている

人がいる

あなた気づかないだけ 

 

2011/1/24 (月)

くじけなうで  柴田トヨ 著

Filed under: ホッとする詩 — hayakawa @ 16:48:58

くじけないで母  Ⅰ  柴田トヨ

 

亡くなった母と同じ

九十二歳をむかえた今

母のことを思う

 

老人ホームに

母を訪ねるたび

その帰りは辛かった

 

私をいつまでも見送る

母 

どんよりした空

風にゆれるコスモス

今もはっきりと覚えて

いる 

 

母  Ⅱ

 

母の後を

風車を かざしながら

追いかけて行く

陽は暖かかった

 

 振り向く母の笑顔に

安堵しながら

早く大人になって

孝行したい

そう思ったものだ

 

母の歳をとうに越して

今 私は

初夏の風に

吹かれている

 

若い母の声が聞こえる

 

 

 

2011/1/18 (火)

こころ 1月の詩   谷川 俊太郎

Filed under: ホッとする詩 — hayakawa @ 9:07:31

手と心   谷川 俊太郎 (H23.1.18 朝日新聞より)

 

手と手を重ねる

手を膝に置く

手を肩にまわす

手で頬に触れる

手が背を撫でる

手と心は仲がいい

 

手がまさぐる

手は焦る

手が間違える

手は迷走し始めて

手がひどく叩かれる

手はときに早すぎる

心よりも

 

 

 

2011/1/17 (月)

天声人語から

Filed under: ホッとする詩 — hayakawa @ 17:23:34

かつて小説に連載された井上靖の小説『氷壁』は、世に登山ブームを巻き起こした。読まれている方もおられようが、主人公の勤め先の上司が、なかなか味わい深い。穂高岳の氷壁をめざす部下を案じて言う

『登山家というものも、いい加減なところでやめないと、いつかは、命を棄てる事になると思うのだ。危険な場所へ自分をさらすんだからね。確率の上から言ったって、そういうことになる』。 時は流れて、今なら『危険な場所』の最たるものは8千メートルを超す山々だろう

酸素は平地の3分の一しか内。 『死の地帯』と呼ばれ、自然が人間を拒否している場所だ。 世界に8千メートル峰は14座あるが、すべてを登った日本人はまだいない。 10座に挑んでいた名古屋の田部治さん(49)が先月、ヒマラヤで遭難した。

登山に限らず、知名度と実力とがイコールでないことはままある。 田辺さんは逆に、広く知られた人ではなかったが実力は指折りだった。 世界的な難峰や難ルートにいくつも足跡を残してきた。

謙虚な人手もあった。6年前、やはり10座に、やはり49歳で落命した群馬の名塚秀二さんの『偲ぶ会』で出会ったことがある。『登山には拍手も喝采もない。そこがいいんです』と言っていたのが印象深い。淡々とひたむきだったその姿が、大雪崩に消えた。

14座の完登者は世界で20余人を数える。 日本では12座の竹内洋岳さん(39)が最も近い。 一流の登山家ほど『命知らず』の行動から遠いものだ。 『氷壁』の上司の老婆心は胸に封じつつ、だれであれ無事の達成を祈る。

 

PS この記事を読んだ後、『氷壁』を読み返しました。最近では山岳小説 谷 甲州著 『加藤文太郎伝 単独行者』を読み終えました

 

 

 

 

2010/9/27 (月)

完全な敗北   天台ブックレットNO58

Filed under: ホッとする詩,ホッとする記事 — hayakawa @ 16:49:06

完全な敗北  文:藤波 洋香 

 

私と母は仲の良い親子ではない。

どちらかとというと仲の悪い親子だと思う。それは性格が似すぎているからかもいれない。

どちらも自己中心的で、協調性に欠け負けず嫌いとなればうまく行くわけがない。

うまくいかない理由は他にもある。現在86才の母は、かつて中学校の社会科の教師であった。

子育て支援などという言葉のない時代に、母は私と弟を育てた。

といのは建前で、実際に私たちを育てたのは祖母だった。 母は祖母に子育てを丸投げしたのである。

母は、自分の子供よりも担任しているクラスの生徒のほうが大切だと公言してはばからなかった。

そういうだけあって、実によく生徒の面倒を見ていたし、又、生徒にも慕われ尊敬されていた。

しかし、母親としてはいろいろと問題もあった。高校生の弟は『我が家でいちばんデリカシーのないのはおふくろだ』という名言を残して姿をくらました。

 

時を経て母は退職してただの人となった。退職したあともよく教え子が訪ねてきた。

さらに時が経って母はアルツハイマー病を発症した。 足腰が丈夫で口が達者だが、やることは支離滅裂という病人になった。

『私は病気じゃない。誰にも迷惑をかけていないし、誰の世話にもならない』という母と

『いくら生徒に慕われたって、生徒があなたの老後の面倒をしてくれるわけじゃないでしょ』などと嫌みをいう私とのバトルは延々と続いた。

 

そうこうしているうちに、私の娘が大学を卒業することになった。私はぜひ卒業式に行きたいと思ったが、そのためにどうしても一泊する必要があった。

そうなると問題は母だった。自分の病気を認識していない母をショートステイに預けるのは、至難の業だったが、

友人の介護福祉士の『大丈夫よ、預けてしまえばなんとかなるわよ』とうい言葉に背中を押され、だましうち同様に母を預けた。

 

私は娘の晴れ姿を見て満足して帰宅し、母も無事のショートステイから戻ってきた。 後日、ケアマネージャーから母の『お泊まり会』の様子を聞いた。

その日、宿直のスタッフ達は、母が夜中にいなくなってしまうのではないかとかなりの危機感を持っていたらしい。

施設の責任者の女性は、一応帰宅したものの夜中に呼び出されるのを覚悟していたという。

そんな危機的状況を救ったのは、ひとりの女性スタッフだった。 彼女はたまたま母の教え子だった。

彼女は母の気持ちを落ち着かせるために中学校時代のアルバムまで持ち出して穏やかに母に語りかけたというのだ。

 

私はそのことを知ったとき唖然とし、完全に負けたと思った。

2010/9/8 (水)

画本 厄除け詩集 井伏鱒二

Filed under: ホッとする詩 — hayakawa @ 9:57:29

h2298-1.jpg    題: なだれ

 

峯の雪が裂け

雪がなだでる

そのなだれに

熊が乗っている

あぐらをかき

安閑と

莨(たばこ)をふかすような恰好で

そこに一ぴき熊がいる

 

 

h2298-1.jpg   題: つくだ煮の小魚

 

ある日 雨の晴れまに

竹の皮に包んだつくだ煮が

水たまりにこぼれ落ちた

つくだ煮の小魚達は

その一ぴき一ぴきを見てみれば

目を大きく見開いて

環になって互いにからみあっている

鰭(ひれ)も尻尾も折れていない

顎の呼吸するところには 色つやさへある

そして 水たまりの底に放たれたが

あめ色の小魚達は

互いに生きて返らなんだ

 

2010/8/25 (水)

求めない 加島 祥造

Filed under: ホッとする詩 — hayakawa @ 17:24:49

h22818.jpg加島 祥造著

求めないーーーー

なんて言葉をつらねて

あなたに聞いてもらうことを

私は求めている。

 

たしかにその通りだけれど

あなたが聞き捨てても

不平は言わない。

聞き入れられなくても

不満を持たず

悲しがらず

怒らずにいようとするーーー

 

そういう求めかただったら

我慢してもらえるかな。

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