2010/3/11 (木)

日本一短い 「母」 への手紙 一筆啓上 福井県丸岡町

Filed under: ホッとする詩 — hayakawa @ 10:04:03

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お母さん、雪の降る夜に私を生んで下さってありがとう。 もうすぐ雪ですね。

あと10分で着きます。手紙よりさきにつくと思います。あとで読んで笑ってください。

「私、母親似でブス。」娘が笑って言うの。私、同じ事泣いて言ったのに。 ごめんねお母さん。

桔梗が、ポンと音をたてて咲きました。日傘をさした母さんを、思い出します。

母親の 野太い指の味がする ささがきごぼう 噛まずに飲み込む

絹さやの筋をとっていたら 無性に母に会いくなった。 母さんどうしていますか。

母さんのおならをした後の 「どうもあらへん」 という言葉が 私の今の支えです。

お母さん、ぼくの机のひき出しの中にできた湖を のぞかないで下さい。

お母さん、私は大きくなったら家にいる。 「お帰り」 と言って子供と遊んでやるんだよ。

お母さん、もういいよ。病院から、お父さん連れて帰ろう。 二人とも死んだら、いや。

 

あの人と幸せでしょうか、お母さん。父さんは、無口を通して逝きました。

今でも弟の方が気になるかい。もうどちらでもいいけど。 今はもういいけど。

離婚、賛成します。お母さん、今まで本当にありがとう。 もう、耐えないで!

弘君のまねして お母さん と呼んでみた やっぱりダメだ かあちゃんが遠くなる

荷物届きました。 でも「パンツ」とは「ズボン」の事ですよ。ガマンします。

母さんいきていて! 私は古稀 命ある限り探します。現世で一目逢いたい。

かあちゃん。 泣きたい夜は、決まって母ちゃんが夢に出てくる。 背中を、押してくれる。

若い日あなたに死ねと言った、あの日のわたしを殺したい。

修学旅行を見送る私に「ごめんな」とうつむいた母さん、あの時、僕平気だったんだよ。

 

2010/3/10 (水)

通勤電車でよむ詩集 NO2

Filed under: ホッとする詩 — hayakawa @ 12:19:03

h22310.jpg題: しずかな夫婦

結婚よりも私は「夫婦」が好きだった。

とくにしずかな夫婦が好きだった。

結婚をひとまたぎして直ぐ

しずかな夫婦になれぬものかと思っていた。

おせっかいで心のあたたかな人がいて

私に結婚しろといった。

キモノの裾をパッパッと勇敢に蹴って歩く娘を連れて

ある日突然やってきた。

昼めし代りにした東京ポテトの残りを新聞紙の上に置き

昨日入れたままの番茶にあわてて湯を注いだ。

下宿の鼻垂れ息子が窓から顔を出し

お見合いだ お見合いだ とはやして逃げた。

それから遠い電車道まで

初めての娘と私は ふわふわと歩いた。

    ニシンそばでもたべませんか と私は云った。

    ニシンはきらいです と娘は答えた。

そして私たちは結婚した。

おお そしていちばん感動したのは

いつもあの暗い部屋に私の帰ってくるころ

ポッと電灯の点いていることだった

戦争がはじまっていた。

祇園まつりの囃子がかすかに流れてくる晩

子供がうまれた。

次の子供がよだれを垂らしながらはい出したころ

徴用にとられた。便所で泣いた。

子供たちが手をかえ品をかえ病気をした。

ひもじさで口喧嘩も出来ず

女房はいびきをたててねた。

戦争は終わった。

転々と職業をかえた

ひもじさはつづいた。貯金はつかい果たした。

いつでも私たちはしずかな夫婦ではなかった。

貧乏と病気は律義な奴で

年中私たちにへばりついてきた。

にもかかわらず

貧乏と病気が仲良く手助けして

私たちをにぎやかなそして相性でない夫婦にした。

子供たちは大きくなり(何をたべて育ったやら)

思い思いに デモクラチックに

遠くへ行ってしまった。

どこからか赤いチャンチャンコを呉れる年になって

夫婦はやっともとの二人になった。

三十年前夢見たしずかな夫婦ができ上がった。

    久しぶりに街へ出て と私は云った。

    ニシンソバでも喰ってこようか。

    ニシンは嫌いです。と

私の古い女房は答えた。 

 

通勤電車でよむ詩集 小池昌代「編著」

Filed under: ホッとする詩 — hayakawa @ 11:58:36

h22310.jpg題: 胸の泉に

かかわらなければ   この愛しさを知るすべはなかった

               この親しさは湧かなかった

               この大らかな依存の安らいは得られなかった

               この甘い思いや

               さびしい思いも知らなかった

人はかかわることからさまざまな思いを知る

               子は親とかかわり

               親は子とかかわることによって

               恋も友情も

               かかわることから始まって

かかわったが故に起こる  

幸や不幸を

積み重ねて大きくなり

くり返すことで磨かれ

そして人は

人の間で思いを削り思いをふくらませ

生を綴る

ああ

何億の人がいようとも

かかわらなければ路傍の人

私の胸の泉に

枯れ葉いちまいも

落としてくれない 

 

 

 

 

 

2010/3/9 (火)

万能川柳 みんなのつぶやき 仲畑貴志・編

Filed under: ホッとする詩 — hayakawa @ 16:29:35

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じいちゃんが独りファミリーレストラン

残業と思えば聞ける妻の愚痴

兄弟が多くて割算うまくなり

血縁が無いのは家で亭主だけ

母乳出て小さい胸に自信持つ

幸せと感じる時は酔っている

も少し聞いてほしくて酒を注ぐ

ペットだと思えば楽な俺の世話

俺よりも風格のあるホームレス

 

 

2010/3/5 (金)

まど みちお さんの詩 『トンチンカン夫婦』

Filed under: ホッとする詩 — hayakawa @ 15:30:43

トンチンカン夫婦

満91歳のボケじじいの私と

満84歳のボケばばあの女房とはこの頃

毎日競争でトンチンカンをやりあっている

私が片足に2枚かさねはいたまま

もう片足の靴下が見つからないと騒ぐと

彼女は米も入れない炊飯器に

スイッチを入れてごはんですよと私を呼ぶ

おかげでさくばくたる老夫婦の暮らしに

笑いはたえずこれぞ天の恵みと

図にのって二人ははしゃぎ

明日はまたどんな珍しいトンチンカンを

お恵みいただけるかと胸をふくらませている

厚かましくも天まで仰ぎみて・・・

いわずに おれない

Filed under: ホッとする詩 — hayakawa @ 14:55:59

いわずに おれない著者 まど・みちお という名前に聞き覚えがない方でも その詩は日本人なら誰でも口ずさんだことがあるはずです

・ぞうさん ぞうさん おはながながいのね

・しろやぎさんから おてがみついた

・ふたあつ ふたあつ なんでしょか

・ポケットの はかには ビスケットが ひとつ

子供のころから親しんできた、あの歌もこの歌も彼が作詞したものです。 1994年には、児童文学のノーベル賞ともいえる国際アンデルセン賞作家賞を日本人として初めて受賞しております。

まど・みちお さんの詩をご紹介します

ぞうさん ぞうさん おはなが ながいのね そうよ かあさんも ながいのよ

まどさんの解説

ぞうさん ぞうさん おはなが ながいのね・・といわれた小ゾウはからかいや悪口と受け取るのが当然ではないかと思うのです。中略 ところが子ゾウはほめられたつもりで、うれしくてたまらないといったふうに・・そうよ かあさんも ながいのよ・・ と答える。 それは、自分が長い鼻をもったゾウであることを、かねがね誇りにおもっていたからなのです。 小さい子にとって、お母さんは世界中、いや地球上で一番。 大好きなお母さんに似ている自分も素晴らしいんだと、ごく自然に感じている。つまりこの詩は『ゾウに生まれてうれしゾウさんの歌』と思われたかったのです。